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遊撃的人生録

身の回りの風景を、独自の世界観で。

楽しみは最初に最後までとっておく。

 昨日、惡魔と契約したかもしれない銀礫です。その話は後日詳しく…ふふふ。

 今日は思考メモ的です。ドラマティックを求めないで。

 

 さて。1ヶ月チャレンジ5日目。更新は日をまたいでしまいそうですが…。

 今日は「楽しみ」について。進捗とかそういうリアリティな話は今日は置いといて。べ、べつに話を逸らすためとか、そんなんじゃないから!

 

 最近ですね、自由なはずなのに不自由さを感じていたのですよ。自己肯定感もどんどん低下していく……楽しみすら、心から楽しめなくなっている……ゲームとか、マンガとか。

 

 何故か。

 

 おそらく、「楽しみ」を悪だと無意識に思ってしまっているところがあるのではないのでしょうか。

「自分は、こんな楽しみを享受する資格なんかない。」

「こんなことをしている場合ではない。」

 そんなことを考えてしまっているのではないのでしょうか。

 でも、楽しみの魅力とは抗いがたいもので、ついつい手が出てしまう。

 そうすると、こう思うわけです。

「なんて自分は自分をコントロールできていないのか。」

 そうやって自己肯定感が低下していく……負のスパイラルですね。

 

 こんなんじゃあ、何も楽しくないですよねぇ。

 

 じゃあ、どうするか。考えました。

 まずするべきなのは、「楽しみを享受する自分を許すこと。」

 つまり、楽しいものを楽しもうとする欲望。それを認めることなのでしょう。

 そうじゃなければ人生楽しくないですよ。少なくとも僕は。

 

 そして、その上で、「こういう楽しみがあるから、今日もがんばるぞい!」という意識を持てるようにすればいいのではないのでしょうか。

 「楽しむ」ということを、まずはじめに考え、それを効果的にとっておく、ということですね。

 

 ここで注意。「できない計画を立てないこと」

 

「これやってこれやってこれやってあれまで完璧にできなければ私は楽しむ資格などない」

 

 みたいなことを考えていると、結局楽しむまで行きつけない可能性がまた出てきますよね。本末転倒というやつです。

 まあ、ここらへんはバランスでしょうか。自分はこれぐらいでここまでできるから、これぐらいを目標にするべきだ、というものは、自己の経験から算出するしかないのでしょうね。

 そして、この見積もりは、多く見積もったり少なく見積もったり、、、それは個々人の性格で変わってきそうですね。

 

 本当に大切な自己分析って、こういうところなのではないでしょうか。

 

 と、いうことで、私事ですが、明日、新しいゲームを買おうと思います。

 ずっと我慢してきたのですが、よくよく考えてみると、我慢していた理由が、「なんとなく、する資格がなさそうだから」みたいな理由でしたので、振り切ってみようかと。

 こういう、無意識の抑圧が、絡み合うと重い重い枷になっていくのでしょうね。

 

 今日はこのへんで。読んでくださり、Merci beaucoup.